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したっぱプログラマーの日記(The diary of a minor programmer)

2008/08/24(日) プログラミングは几帳面な人のためのもの?

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デザイナーの友人がプログラミングに挑戦したものの挫折してた。彼曰く、「プログラミングは几帳面な人のためのものなんだよ。」とのこと。どうやら1文字違っただけでもコンピューターが全然解釈してくれないのが許せないらしい。

普通の言語は曖昧さを許容してるからなぁ。めんどくさいけど、それによって正確なコミュニケーションをこころがけるようになって良いんじゃないかなぁと思ったり。

普段の生活から言語感覚に神経を研ぎ澄ませている人はプログラマー向きなんだろうなぁ。例えば、「致死に到る。」って表現を聞いたときに「"到る"がかぶってんじゃん!」ってすぐ突っ込める人はプログラマー向きなのかも。

1: mynz 2008年08月25日(月) 深夜1時33分

自分は“プログラマ”は“コンピュータ・プログラミング・デザイナ”の略だと本気で思っているんだけどなぁ。

そして私は几帳面とは真反対の人種。

コンピュータ言語が厳密だといっても、それはロジカルなモノに限られているし(hoge != huga)、それ以外、インデントの幅だとか、変数名の恣意性だとか、さらにアルゴリズムでさえ目的さえ達成すれば何だっていいんだから、結構お気軽だと思うんだけどね。

グラフィック・デザイナの方がよっぽど几帳面な気が・・・。

ところで、「致死に到る」って、“致”と“到”でしょ?被ってないような。

2: わけん 2008年08月27日(水) 午後11時23分

誰しも几帳面になれる分野となれない分野があるってことですかねぇ。
グラフィックデザイナーも、よくわからないけどグラフィックに関しては几帳面で、
プログラマーは変数名を間違えないとか型を間違えないとかいう部分においては几帳面と言えなくもないってことでしょうか。

> ところで、「致死に到る」って、“致”と“到”でしょ?被ってないような。
致死を辞書で調べると「死にいたること」とあるので、「致死に到る」って言うと、「死にいたることにいたる」になるので被ってる気がします。


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